いつも「校長室の窓」をご覧いただきありがとうございます。令和3年3月1日、第4回卒業証書授与式を実施いたしました。やむを得ない事情により欠席した卒業生もおりましたので、式辞を掲載させていただきます。昨年度同様の短縮バージョンになっております。


式 辞

 4期生の皆さん、卒業おめでとうございます。限られた時間のなかで、卒業証書を直接渡すことを優先すべきか、皆さんからの一言を優先すべきか悩みましたが、今の様子を間近で見ていて、やはりこの形にして良かったと実感しています。

 また、お子様の成長を6年間にわたって見守り続け、今日の旅立ちを共に祝福するため、ご臨席を賜りました、PT会の加藤会長様、並びに、保護者の皆様、お子様の御卒業を心よりお祝い申し上げます。

 さて、4月から新たな人生を歩み始める全ての4期生の皆さんに少しお話しをします。今から十年ちょっと前になるでしょうか。教員の経験を生かせる仕事にしか就いたことのない私にとって、人生の転機となる出来事がありました。それは、これまでの経験がほとんど役に立たない仕事に、長年住み慣れた札幌の地を離れて、あえて挑戦するかどうかという選択でした。結論から言いますと、私は挑戦するという選択をし、東京に赴きました。しかし、そこでの仕事は想像以上に厳しいもので、経験が役立たないばかりか、膨大な業務量を前にして、一向に仕事ははかどらず、その結果、連日夜遅くまで頑張っても先の見えない状況になってしまいました。そんなある休日の日、休憩中に職場のビルから外の景色を眺めていたら、打ち上げ花火が見えました。その瞬間、ふと「これはもう無理かもしれない」と思ったことを今でも鮮明に覚えています。と同時に、もう一人の自分に「自分で選んだ道じゃないか」とささやかれたような感覚も覚えています。結果として、私はもう一人の自分に救われました。この当時は、さも自分が不幸に見舞われたかのような考えに陥っていましたが、挑戦しない選択もある中で、確かに自らこの道を選びました。そのことに気付き、目が覚めた気がしました。もうひと頑張りするのも、健康を損なう前にいさぎよくあきらめるのも自由であり、その選択権は自分にあると思うと、とても気が楽になりました。

 実は、選択を迫られたとき、私は誰にも相談しませんでした。相談しようと思えばできたと思いますが、そうは思いませんでした。なぜなら、もし誰かに相談した結果、思い通りにならなかったら、必ず他人のせいにすると思い、それが何より怖かったからです。私が読んだある本の言葉を借りると、「自分の切実な問題を人に考えてもらおうとするな」。この出来事は、このことを私に強く意識させることになりました。

 ちなみに、誰にも相談しなかったと言いましたが、私の選択に大きな影響を与えた言葉がありました。それは、元プロ野球中日ドラゴンズの投手で、中日、阪神、楽天で監督を務められた故星野仙一氏の「迷ったときは、前に出ろ」という言葉です。私は星野氏が、中日の監督を退任した直後に、それまで敵として戦っていた阪神の監督をなぜ引き受けたのかを語っていたテレビ番組で、この言葉と出会いました。この知識がなければ、私はまた違った判断をしたかもしれません。

 今日、このことをお話ししたのは、本校の育てたい生徒像にある「自立した札幌人」や「知識のある人」などのIBの学習者像を目にすると、よく思い出す出来事だからです。皆さんも、今後、人生の選択を迫られたとき、「自立した札幌人」としてどう向き合うのか。決まったマニュアルはありません。本校の校訓である「山アリ 空アリ 大地アリ 永遠を知れ」に決まった解釈がないのと同じです。ですが、本校初の新入生として、「わたし、アナタ、min-na そのすがたがうれしい」を道しるべとして道なき道を歩み続け、6年間の学びでどのような力が身に付くのかを見事に私たちに示してくれた皆さんであれば、きっと、それぞれのやり方で乗り越えていくものと確信しています。このことを皆さんにお伝えして、式辞といたします。

令和3年3月1日 校長 広川 雅之