「校長室の窓」をご覧の皆様。こんにちは。連休明けからはじめた「読書のすすめ」ですが、臨時休業の予定は5月31日までですので、今回で一区切りにしたいと思います。これまでお付き合いいただきありがとうございました。

 今回は、読む人の環境や境遇が変化すると、同じ本を読んだ場合でも、その前後で感じ方が異なる場合があるという話を、私の体験から紹介してみたいと思います。このような時期ですので、もしかしたら生徒の皆さんも、以前に読んだ本を読み返してみると、前回とは異なる読書体験ができるかもしれません。

 私は、10年ほど前に生まれて初めて東京生活を経験し、離れた場所からふるさと北海道、札幌をみつめるという経験をしたことがあります。その経験をするずっと前に、井上ひさし著の『四千万歩の男』(講談社文庫、全5巻、1992~1993年)というとても分厚い本の読破に挑戦しました。(その厚さは下の写真をご覧ください。)

▼『四千万歩の男』全5巻と『四千万歩の男忠敬の生き方』
 

 小説の主人公は、江戸時代後期に日本全国を徒歩による実測で測量を試みた伊能忠敬で、教科書にも出てくる人物です。『大日本沿海輿地全図』という後世に残る精巧な日本地図を作成したことで知られています。その地図をみるといつも、人工衛星はおろか航空写真もない時代に、よくこのような精巧な地図を作成できたものだと感心します。この伊能忠敬が徒歩で日本全国の海岸を測量した話をもとに書かれたのが『四千万歩の男』という小説で、蝦夷地、すなわち今の北海道の測量から話が始まり、伊豆測量までが小説になっています。ちなみに、四千万歩というのは、伊能忠敬の歩いた距離約35,000キロを歩数に換算したもので、約4千万歩になるそうです。

 当時とても面白そうだと思って読み始めたのですが、実際にはあっという間に挫折してしまい、長い間本棚の奥で眠ることになりました。

 その後、東京に行くことになったとき、ふとその本のことを思い出し、あまり深い意味はなく荷物につめて持って行ったのですが、東京生活も数か月が経ち、だんだん北海道のことが懐かしく感じられた頃、何となく初めから読み直してみると、北海道の様々な地名がとてもなつかしく、また実際に旅行等で行ったときの景色などもあざやかに思い出されて、どんどん小説の世界に引き込まれていきました。気が付けば、わずか2年間だった東京在住の間に、全五巻を読み終えることができました。それだけではなく、伊能忠敬という人物自体への興味も深まり、実際に千葉県香取市佐原にある伊能忠敬記念館にも行ってきました。

 著者の井上ひさし氏は『四千万歩の男伊能忠敬の生き方』(講談社、2000年)という本の中で、二十代後半で伊能忠敬と初めてめぐり合ったそうですが、そのときは「なんの未練もなく忠敬先生とサヨナラした」(同書8ページ)と自ら記しています。ところが、十数年後に再び伊能忠敬に触れたとき、「ふしぎなことに今度は忠敬がとても味のある人物として蘇(よみがえ)ってきた」(同書10ページ)そうです。どうやらこのような経験は多くの人がしているようです。

 さて、5月22日金曜日に出された教育委員会からの通知により、6月1日月曜日からの学校再開の方針が示されました。いまだ感染される方の発表がある中、いきなり元どおりの学校生活という訳にはいきませんが、久しぶりの学校再開であることには間違いありません。もしかすると、今回の話題は読書体験ということにとどまらず、この冬までの、楽しみであろうがなかろうが学校に通うのが当たり前だった臨時休業前と、6月からとでは、学校の見え方も異なって感じられるかもしれません。学校で友達と直接会ってともに学ぶということに新たな発見があるような気がします。いずれにせよ、6月から生徒の皆さんが元気に登校してくることを楽しみにしています。それまで、感染予防に注意を払うことを忘れず、あと1週間、日常生活を送ってほしいと思います。

 最後に、「芋づる式!読書(白)MAP」を完成させてみました。今回紹介した本6冊に、新渡戸稲造の『武士道』や岡倉天心の『茶の本』、ルース・ベネディクトの『菊と刀』を紹介した際に、中嶋嶺雄氏が紹介した英語で書かれた本として一緒に紹介したかったのですが、そのときどうしても本棚から見つけられず、その後やっと探し出した内村鑑三著の『代表的に日本人』(岩波文庫、1995年)を加えて、すべての余白を埋めました。全部で40冊になりますが、これらのうちの何冊かはせっかくですので読み返してみたいと思います。

 本日もご覧いただきありがとうございました。

令和2年(2020年)5月25日