みなさん、こんにちは。
4月8日の入学式からほぼ半年が過ぎ、本日、前期の終業式を迎えました。この6か月、ワクワクするような学校生活を送ることができましたか。
本日は、本来であれば「共歩遠足」ということで、全校生徒みんなでさとらんどへ歩いて行って、ジンギスカン鍋を囲んでの学校行事が予定されていましたが、残念ながら、天候不順のため中止となってしまいました。この終業式も、さとらんどで行う予定でしたが、放送での実施となってしまい、みんなの顔の表情や反応を見ることができないのが、非常に残念です。放送を通じてのお話になりますが、このカメラの向こう側に319名の生徒のみなさんがいて、一斉にこちらを向いて聞いてくれていることを信じてお話をします。
さて、入学式の式辞で、みなさんにお話をした内容を覚えていますか。
「わたし、アナタ、min-na そのすがたがうれしい」-この学校教育目標を哲学してみようと呼びかけ、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが説いた「無知の知」の話をしました。
自分にはまだまだ知らないことがたくさんある。このことを自覚しているからこそ、もっと知りたいと思い、学び続けようという意欲がわいてくる。まさに、この「無知の知」こそが、学びの出発点、課題探究のスタートとなるということをお話ししました。
この6カ月で、みなさん、随分、たくさんのことを学んだと思います。入学したあの日よりも確実に成長していると思いますが、そんな今の自分がどこにいて、どんな状況にあるのかを自分自身でよくわかっているでしょうか。
今の自分がどこにいるのかを知るうえで大切なことが「ふりかえり」です。みなさんは、本校に入学して、授業中、ことあるごとに「ふりかえり」ということをやってきたことと思います。この「ふりかえり」を行うことで、自分の変化を自覚し、自分が無知であったことを知るとともに、そんな自分に誰がどのような形で影響を与えてくれたのかが分かってきます。
私はふと、こんなことを考えることがあります。もしこの世に自分一人しかいなかったとしたら、自分はいったい何者でいられるだろうか、ということです。例えば、私が校長でいられるのは、学校があって、そこで働く教職員とそこで学ぶ生徒の皆さんがいるからです。私が父親でいられるのは、子どもがいるからです。私が男でいられるのは、この世に女性がいるからです。そう考えてみると、この世に自分しかいなかったら、自分は何者にもなりえないこと。周りにいるみんなのおかげで、今の自分があるんだなとしみじみ思えてきます。私の場合、そんな時、周りの人たちへの感謝の気持ちが自然と湧き上がってきます。
一日の終わりに「ふりかえり」をすると、こんな感謝の気持ちをもって眠りにつき、朝、みんなに会ったときに、「いつもありがとう。今日もよろしくね。」という意味で、自然と「おはようございます」という挨拶の言葉が出てきます。なにかやりとりがあると「ありがとうございます」という言葉が出てきます。そして、とてもうれしい気持ちになってきます。
今日の終業式は、学校生活の中の一つの節目です。明日から二日間の秋季休業に入ります。是非、この二日間で前期の学校生活の「ふりかえり」をしてみてください。「ふりかえり」のポイントは、自分がどのように良く変わりつつあるかということを考え抜いてみることです。そうすると、それをきっかけに色々なことが頭に浮かび、感謝の気持ちとともに、後期に向けての自分自身の思いや目標が見えてくることと思います。10月2日の後期始業式の日。わずか二日間とはいえ、きっと、ほんの少しであっても、今日とは違うみんなに出会うことができると思います。校舎のあちこちで、元気な「おはようございます」という挨拶の声が自然と飛び交っているといいなと思っています。
みなさん、最後まで、私の目を見てお話を聞いてくれましたか。聞いてくれた皆さん。どうもありがとうございます。一度きりの人生です。今を十分に楽しみましょう。