令和5年度修了式講話:現状を維持するのか、あるいは未来への行動をとるのか
皆さん、こんにちは。今日は今年度の修了式の日となり1年間の学びが終わりました。皆さんの開成での学びはまだまだ続きますが、一旦の区切りとなります。1年間、お疲れ様でした。
新しい感染症も感染法上5類に移行し、私たちは日常を手に入れましたが、現在、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル・ガザ紛争など、日本から遠い場所で起きている様々なことが私たちの生活に大きく影響を及ぼしている状況です。足下を見ると、昨今の問題として、人口減少についても様々なことに影響を及ぼしており、札幌市においても、運転手不足により、バスの本数が減り、併せて運賃がこのあと値上げされることになっていることをニュースで知りました。その他、様々なことが今までと異なる状況になっていくことが予想され、コロナ禍が明けたとはいえ、今後、私たちを取り巻く社会はどうなっていくのだろうかと考えてしまいます。
さて、修了式にあたり、生徒の皆さんに何を話そうかといろいろと考えましたが、少し思い出話をしたいと思います。
私が教員として働き始めたのは昭和63年です。そう、開成高校が甲子園に出場した年に教員になりました。新卒で旭丘高校に赴任し、野球部と応援団の顧問になりました。同じ市立高校から甲子園に出るなんて、「すごい」と思いました。当時、野球部の練習試合では、0対30という試合もあり、全く手を抜いてくれず、力の差をまざまざと見せつけられた記憶があります。また、応援団では、その当時は、開成高校と旭丘高校が真駒内のアイスアリーナで毎年定期戦を行っており、旭丘高校を「山猿」、開成高校を「玉ねぎ」と呼び合い、それぞれの応援団が北海道大学と小樽商科大学の応援合戦に匹敵するような応援合戦を行っておりました。
その頃の学校の中に目を向けると、当時は、ワープロが全盛期で、5インチのフローピィディスクにデータを保存していました。パソコンもありましたが、デスクトップが学校に数台しかなかったように思います。
当時、携帯電話やスマートフォンは、庶民は誰一人として持っておりません。その頃は、ポケットベルの全盛期で、会社から外出者に連絡し、その外出者は公衆電話などを利用して会社に連絡をした時代でした。この時は呼び出しだけではなく、数字も表示できたので、例えば「49」は「しきゅう」、「5963」は「ご苦労さん」」は「999」は「さんきゅう」、「0906」は「おくれる」というものがありました。そんなハイカラなものをもっていない私は、当然ですが、学校から家への連絡は学校にある公衆電話を使っていました。時代は変わり、現在、ほとんどの人が携帯電話・スマホを持っており、ましてや授業において生徒一人一人がタブレット端末を活用して授業を受けています。
一例を挙げましたが、30数年の歳月は、様々なことを劇的に変えました。「社会の変化が激しいこの時代」とよく言ったり聞いたりしますが、本当にいろいろなものが消えてはなくなり、常に新しいものが出てくる時代となってきています。当時の私たちが持っていたものは、もう過去のものになってしまいましたし、私たちが感じていた常識は、現在、通用しないことも出てきました。そうであるならば、現在から30数年後は、今現在のことも「そんな昔のこと」となっているでしょう。
2045年に、人類の知能をAIが超えるというシンギュラリティを迎えるとの推測があります。こんなことは起こらないという研究者もいます。どちらにせよ、その時の社会は現在とは違う価値観で動いている可能性もあります。既成概念にとらわれず、先見の目を持ち、柔軟な思考をすることが重要になってきます。
先のPT会通信にも書きましたが、進化論で有名なダーウィンが「種の起源」の中でこういう言葉を残しています。「強いものが残るのではなく、変化できるものが残る」と。この言葉は「環境に適応する適切な変化をした」のではなく、「たまたまその環境の変化に適合したものが残った」という考え方をしています。
この考え方を遠くとらえると、私たちは「変化に合わせて自らを進化させるための機会が与えられている」という考え方をすることができます。「現状を維持するのか、あるいは未来への行動をとるのか」。これからの時代を生きる皆さんには「どう行動するのか」ということが試されています。皆さんはどう思いますか。
今年度の学びが終わりました。4月からまた新たなスタートです。また頑張りましょう。
令和6年(2024年)3月22日
校 長 宮 田 佳 幸