冬も、いつのまにか終わりに近づき、明るい春の兆しが、そこここに感じられるようになりました。冷たい空気の中にも、太陽の輝きや、空気の明るさは確実に増し、春の訪れが間近いことを感じさせます。ここにお集まりの皆様も、春を待ちわびる気持ちで本日3月1日を迎えられたことと思います。

市立札幌旭丘高等学校 第59期卒業生314名の皆さん、卒業おめでとうございます。

PTA会長           鈴木 郁恵 様

紫翠会理事長          田守 隆行 様

紫雲会会長           山本 清和 様

南円山まちづくりセンター所長  木田 敏郎 様

南円山連合町内会会長      伊場  行 様  

をはじめ、多数のご来賓の皆様にご臨席を賜り、心より御礼申し上げます。

 保護者の皆様、お子様の高校ご卒業、誠におめでとうございます。今日までの十八年間、深い愛情をもって育んでこられたお子様の成長を振り返る時、そのお喜びはいかばかりでありましょうか。三年間、本校の教育活動に、皆様の深いご理解とご支援を賜り、本日に至ることができましたことに心より感謝申し上げます。

 卒業生の皆さん、皆さんは今、高校卒業という大きな節目にあって、高校三年間のいろいろな出来事が、まぶたに浮かんでいることと思います。楽しいことも、時には厳しいこと辛いことも、きっとあったことでしょう。様々な学習活動、部活動や学校行事、友との語らい、これらのすべてを通じて、皆さんのものの見方や考え方が深まり、進みたい方向を探りながら自分の世界を広げてきたことと思います。

 この三年間の学びは、皆さんが、これから自らの持てる力を発揮して、自分や自分の周りの人が生きるしあわせな未来社会を築いていくための練習であり準備でした。三年間、皆さんは本当によく頑張ったと思います。

 私はこれまで機会あるごとに、皆さんに「志」を持つことの大切さをお話ししてきたつもりです。志とは、目指すところに向かって、意志をもって進んでいこうとする気持ちです。今日は、これに加えて、しあわせな未来を築いていくために、皆さんにこれからも持ち続けてほしい三つの気持ちについてお話しします。

 第一は、前を向いて挑戦する気持ちです。失敗を恐れて尻込みしたり、何もしないで諦めたりせずに、勇気をもって一歩を踏み出す気持ちを忘れずにいてください。もちろん、失敗することはあるでしょう。けれども、失敗がなければ、試行錯誤ができません。皆さんも含め私たちが、これからの時代に向き合っていくのは、模範解答のない課題です。それに立ち向かうには、いろいろな方法を試して、失敗しながら、やり方を修正し、少しずつ進んでいくしかないのです。すなわち、失敗は一歩の前進なのです。

 二つ目は、好奇心を忘れないでほしいということです。新しいことに興味を持ち、知ったり学んだりすることで、自分の世界が広がります。学ぶことに、耳や目を開き続けてください。学ぶと言っても先生に教わることとは限りません。例えば本を読んだり、ひとと対話をしたりしながら、自分が知らなかったことを知り、自分が豊かになり、考え判断するときの拠り所を、より確かなものにしていくことができます。

 三つ目は、他者への思いやりと敬意です。人間は、一人で生きることはできません。私たちは、家族や、仲間や、あるいは顔も知らない人たちと、社会をつくって生きています。社会とは、人々がお互いに支え合って生きていく仕組みです。社会の単位は、身近な人間関係から国家や世界にいたる大きなものまで様々ですが、社会で何かをしようとするとき、一人で完結できることはありません。必ず他者とのコラボレーション・協働が必要です。相手を認め、思いやりや敬意を持つことが、互いの信頼を築く第一歩であり、信頼によって始めて協働が可能になります。

 今お話しした三つのこと、失敗を恐れず挑戦すること、好奇心を持って新しいことを学び吸収すること、他者への思いやりと敬意、この三つは、「曖昧で先の見えない不確実な時代」といわれるこれからの時代にこそ、大切になってくると思います。

 ここで私は、高田屋嘉兵衛という人物の話をしたいと思います。高田屋嘉兵衛は、約200年前に、北前船の船頭として活躍した廻船業者です。彼が本拠地を置いたことで街が開けていった函館には彼の銅像があるそうですが、彼のことはあまりよく知られていないように思います。

 昨年2018年は、北海道命名150年の年でした。蝦夷地が北海道と命名された明治2年(1869年)、それよりちょうど100年前に、嘉兵衛は、淡路島の貧しい家の子として生まれます。彼は苦労して成長し、船乗りとなって頭角を現し、商品知識を得て蝦夷地との交易に情熱を燃やし、航海の腕を見込まれて幕府の依頼でエトロフ航路を開くなど、北の海で活躍しました。

 また、嘉兵衛は、町人の身分でありながら、当時ロシアとの間に行われた非常に難しい外交交渉を成功させた人物でもあります。彼が北の海で活躍していたころ、日本とロシアは極めて緊迫した関係にありました。ロシア人による襲撃事件が起き、これに対して事件とは全く無関係だった軍艦のゴローニンという艦長がエトロフ島で部下とともに幕府側に捕えられ、松前に2年間にわたって幽閉されました。ゴローニンの副官だったリコルドがこれに憤激し、軍艦ディアナ号の艦長となって、クナシリ沖で嘉兵衛の船を拿捕し、彼をカムチャッカに連行しました。嘉兵衛は、一介の商人ですから、自分がそのような目に遭う背景もわかりません。彼が、言葉もろくに通じない中で、次第にリコルド艦長との信頼関係を築き、問題を解決する筋道を見極め、事態をゴローニン解放という円満解決に導いていったのは、鎖国中の日本にあって、奇跡的な偉業といえます。ゴローニンは帰国後に出版した「日本幽囚記」という著作の中で、嘉兵衛のことを「尊敬すべき老人」と書いています。

 高田屋嘉兵衛の為し得た業績からは、彼もまた、先ほどお話しした、失敗を恐れず挑戦すること、好奇心を持って新しいことを学び吸収すること、他者への思いやりや敬意、この三つの気持ちを有する人物に他ならなかったと思います。そして、彼の人柄として、商人でありながら私欲に執着せず、ともに働きともに世を営む人々の幸せを願う志があったのだと思います。

 作家の司馬遼太郎に、高田屋嘉兵衛を主人公とする「菜の花の沖」という長編小説があります。幕末という時代を背景に、次第に膨張し始めた商品流通経済が、北前船を軸にした海上輸送で変貌してゆくさまを描き、作者独特の文明史観が語られる壮大な歴史小説です。司馬遼太郎も、嘉兵衛を、幕末の世で世界に恥じない日本人は彼をおいていないと評価しています。この小説の中に、「わけ知りには、志がない。志がないところに社会の前進がない」という言葉があります。また、「志は現実からわずかばかり宙に浮くだけに、花がそうであるように、香気がある。」とも言っています。司馬遼太郎は、嘉兵衛を通じて、人間の強さや優しさ、志や品格が、信頼を生み、力となって、人々を動かしていく、そのような時代を超えた人間賛歌を描きたかったのではないかと思います。

 さきほど、これからの時代を「曖昧で先の見えない不確実な時代」と申しました。しかし考えてみれば、200年前の嘉兵衛にとっての「これからの時代」も、鎖国や、幕藩体制や、米本位制経済が変革を兆す「曖昧で先の見えない不確実な時代」だったに違いありません。すなわち、昔も今も、未来は常に不透明であり、時代はいつも先の見えない困難を切り拓きながら進んでいかなければならず、それには、「志」と、さきほどお話しした三つの気持ちが、嘉兵衛の時代も現代も、時代を超えて必要なのだと思います。

 これから社会にはばたいていく皆さん、どうか、志を持ち、精一杯自分の願う生き方を模索してください。そして、みんながしあわせな未来社会を築いていってください。

 最後に、ご多用にもかかわらず、卒業式にご臨席賜りました皆様方に重ねて感謝申し上げ、私の式辞といたします。

 

平成31年3月1日

市立札幌旭丘高等学校長  林 恵子