当たり前のように朝が来る。バスに揺られ、いつものバス停で降りる。横断歩道を渡り、学校までの道すがら、いつものところでランニングをしている人とすれ違う。今日は3つ手前でバスを降りた。そこから学校まで20分。いつもの3倍の時間がかかる。あえて太い道路は通らず、中通りの道を歩く。空き地だったところに新しい家が建っていた。こんなところに会社があるのか。いつもではない道には新しい何かがあった。

 先日、NPO法人猫の手さっぽろ*1 さんが主催するパネルディスカッションに参加してきました。パネリストは3名でしたが、その中に本校で学びのサポーターをしていただいている馬場航平さんがいらっしゃいました。馬場さんは、大学4年生の時に休学して、その後3年間カナダに滞在され、その時に感じたことを話されていました。カナダをはじめとする欧米では、高校を卒業すると大学へは行かず社会で働く若者も少なくないそうです。社会へ出た若者は、自分は何をしたいのかということを働きながら考え、それを実現するために大学の門を叩くそうです。そこで専門的なことを学び、知識を実装して再び社会へ出ていくとのことです。十分に時間をかけ、やりたいことが決まったら、その実現のために努力を惜しまない。

 一方、日本では、高校を卒業すると、多くの若者は大学に入り、4年を経て社会へと出ていきます。目的意識をもって大学に行く若者がほとんどと言いたいところですが、何をしたいのかもわからず、社会へ出てもこんな会社なんかと、早期に退職する方も多いと聞きます。閉塞感が漂う現在の日本社会、日本人の意識を変えることはできないものでしょうか。そんなこと思っていた時に、開成応援団「開成山空大地」発行の札幌開成本2021年度版に寄稿した内容を思い出しました。以下はその内容です。

 『欧米では、「ギャップイヤー」という言葉があります。ギャップイヤーとは、進学や就職といった節目の前に社会奉仕活動などをして過ごす期間のことです。日本ではあまりなじみのない仕組みですが、欧米では制度として社会に浸透しており、多くの学生が大学進学前、就職前に何らかの社会経験をして過ごします。好きなことにチャレンジしたり、成長につながることを経験したり、自分のために自由に使うギャップイヤーは成長する期間として捉えられることが多く、ギャップイヤーを経験し、入学してくる学生たちの多くは、高校卒業直後に入学してくる学生よりも、視野が広く、また自立している場合が多いようです。人生100年の時代と言われています。人と異なる歩み方でも、その後の人生が意味あるものになるのであれば、むしろその方がいいのではないでしょうか。』

 今までの考え方や価値観を転換する―社会が成熟した今だからこそ、既存の価値観ではなく、枠にとらわれない考え方が大切になってきています。そのためには、何歳になっても学習が必要です。開成では、イラストで描かれた「10の学習者像*2 」が全ての教室に掲げられています。IBが掲げるこの10の学習者像を目指して、生徒は学びを進めているのですが、この10の学習者像は生徒だけが目指すのではなく、私たち教職員も、そして保護者の皆さんも目指す指標になっています。学校説明会や新入生保護者説明会などでは、「保護者の皆様ご自身が経験した学びで判断をすることなく、本校の学びについて、お子様と一緒に学んでください」と話をしています。

 また、開成の学びは開成を卒業するときに終わるではなく、むしろ卒業してから6年間の学びをどう活かすかということに価値を置いています。学校、特に高校の価値があたかも大学の合格者数であるような風潮がいまだに残っておりますが、学校で何を学び、大学で何を考え、社会で何を行い、人生で何を成し遂げるのか。人生100年時代と言われて久しいですが、そうであるならば、自分の人生をゆっくり、そして深く考える時間があってもよいと思うのです。皆さんはどう考えますか。

 

*1 これからの社会を生きるために必要な力を身に付ける教育活動に取り組む札幌の学校を応援することを通して、札幌の子どもたちの

人材育成に寄与することを目的として設立。札幌市立学校に勤務していた元教職員等によりメンバーが構成されている。

*2 IBワールドスクールが価値を置く人間性を10の人物像として表現。探究する人、知識のある人、考える人、コミュニケーションができる人、

信念をもつ人、心を開く人、思いやりのある人、挑戦する人、バランスのとれた人、振り返りができる人。

 

令和6年(2024年)1129

  校 長  宮 田 佳 幸